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「せつなさ」の伝播 2009.05.07

 『秒速5センチメートル』というやたらにうつくしいアニメ映画がある。ひとによっては素面ではみれまいという感じのちょっとこっぱずかしいストーリー。作品について詳しく解説したいわけではないので割愛(20分程度の短編×3本の構成ですので、よろしければお時間のある折にご覧ください)。

    
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 以前、Youtubeのコメントの多言語化をゼミの発表のネタにしようと思ってあれこれみていて、この映画の挿入曲に行き着いた。



 同じ曲の動画(いわゆるMAD動画も含めて)が何種類もあり、いろいろな地域からいろいろな言語でコメントが寄せられていた。ゼミで使ったのは「こんなにいろいろなんですよ」という部分だけだったけれど、実はその内容もかなりおもしろく、結構しつこくあれこれ見た。

 中でも気になったのは、映画の感想を表現する形容詞。英語ネイティヴ以外が英語で書いていることも考えられるし、中南米からのスペイン語や中国語のコメントが非常に多いなど英語以外の言語を無視しにくい…ということから安易なデータ化はできない。よって曖昧な印象でしかないのだけれど、

sad

をよく見た。

 sad?そうだろうか?確かに誰の恋も成就せず大人になっていく結末はハッピーエンドとは言いがたいものの、たとえば不治の病や戦争のような運命の荒波に翻弄されているわけでなし、「ごくふつうの少年少女の純愛物語」。日本人ならおそらく大多数が「せつない」と表現するのではないだろうか。

 ちなみに和英辞典で「せつない」を引くと"agonizing"や"painful"が出てくる。painfulはまだわかるけれどagonizingはちょいと違うやろ…という感じ。「あはれ」などと同じで、言葉を尽くしてもなかなか十分に説明できない日本語特有の概念(そう言ってしまってもいいものか)とでもいえるだろうか?

 日本人なら「うわーせつなーい」と言えば表現できてしまえる感覚も、"sad"ととらえられているのだろうか?それとも、英語やスペイン語や中国語で表現できない、sadとpainfulのあいだ、どこか微妙なところを絶妙に突いているからこそそんなに受けたのだろうか?


 うだうだつづく。





コメント

見たよー
なんか疲労がたまってるときに見ると、元気になれるわw

関係ないけど、感情の種類?って離散的で可算って気がすしました。
でも、たまにその幅が広がったり、軸が増えたりすることがあるような気もする。
多次元の空間座標にいくつも点が浮かんでる感じ。
文化圏とか、そういった環境が違うと軸そのものが少しずれるのかな。

駄文失礼。

2009.05.08 | URL | 石田 #- [ 編集 ]

どうもありがとーん
「ただ近況報告」するのは申し訳ないくらい忙しいひとでもたまに読んで感想を送ってくれたりして、ほんとありがたや(T-T)な感じです。ブログというのはなかなか強力なコミュニケーションツールやねー

軸とか点っていうイメージはすごくわかるなぁ。
「文化圏」という言葉を積極的に採用していくなら、「ある感情が生じるかどうか」という事象のレベルと、「そうした場面では”そういう感情”を持つべき」(極端なとこではたとえば台湾の「泣き女」の存在とか)っていう規範のレベルとは分けないといけないと思うんやけど、実際どうにも切り離せないところが難しいなぁ。

『感情の猿=人』は君にもぜひ読んでほしいー。

2009.05.08 | URL | fumico #3jISyIMY [ 編集 ]

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