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書くこと 2009.05.03

From Spring Sunday in High Park


 ブログを「ちゃんと」書き始めて約ひと月。おもしろさやむずかしさがだんだんしみてくる今日このごろ。なんともタイムリーに、愛読サイトほぼ日で、糸井ダーリンがこんなことを書いていた。


 これから書くことは、ぼんやり笑いながら書いていると、
 そんなふうに思って読んでください。
 重いことでもないし、深いことでもないんです。
 
 ぼくも人ですから、たまには、
 黙っていたいこともあります。
 ことばになるには、生煮えすぎて、
 こころのなかに材料のまま置いておきたい思いとか、
 ないわけはないわけです。
 というより、そっちのほうが多いかもしれない。
 
 しかし、もうひとつ、まったく逆に、
 この「ほぼ日」というところで、
 毎日、なにか書くことにしてます。
 黙って静かにしていたい日にも、休まずに書きます。
 そういうふうに、じぶんに約束したのかもしれません。
 ほんとうに困ったときには、書かないつもりですが、
 そんな「ほんとうに困った日」なんていう切り札は、
 かえってもったいなくて出しにくくなっていますから、
 もうじき11年になりますけれど、
 一日も休まずに、なにかしらを書いています。
 
 黙っていたいぼくが、生身の人としてのぼくだとすると、
 休まずに書こうぜ、というのは、「ほぼ日」のぼくです。
 どっちも、ほんとうにいる人間です。
 どっちの思いにも、反対側の自分は賛成するでしょう。
 そして、どっちが積極的な思いかなと考えて、
 とにかく書こうや、ということになるわけです。
 今日も、そういう日でした。
 
 とても無内容かもしれませんけれど、
 立派なくらいに無意味かもしれませんけれど、
 そんな「なにかしら」というものさえも、
 読んでもらおうとする、そういう技術があるはずです。
 ちゃんとその領域に達しているかどうか、
 自信があるわけじゃないですが、
 とにかく、今日も読んでくれるあなたに会いに来ました。
 「しょうがねぇなぁ」とでも、
 笑ってもらえれば幸いです。
 
 今日も、「ほぼ日」に来てくれて、どうもありがとう。

                   (『今日のダーリン』 2009年5月3日)



 手紙でもなくて、日記でもないこの距離感を、このひとはこんなふうにとらえているのだな。

 気負ってないのに、発信者としての意識というか、自分のためと読むひとのための割合というかそのようなもの、すごいなぁ。ああ、圧倒的に「書く」プロだなと思う。このひとに比べてしまうと、このブログなんぞ中学生のノートの余白のポエムのようなものだ。いいけど。

 4月のエントリは41個。来年のいまごろ読み返してもんどり打ったりするのかな。なかなかたのしみ。

 こんなブログですが、毎日、ときどき、たまに、読んでくださっているみなさま、ありがとうございます。

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