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ほんもの 2009.04.23

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 なんとなくうつうつとしていた先週に比べ、今週はいいニュースがいくつもいくつも入ってきて、上向きな感じである。最近いいことがあったみなさんおめでとうございます。

 気分もよくトライアルレッスン行脚をしている。もはやESLの線はほとんど捨てて、個人チュータと語学の専門学校に照準。昨日もひとつ、かなりガチガチの語学学校の説明会に参加してきた。IPA(国際音声記号)を体系的にやってくれるというのはなかなか魅力的だ。文法の問題も日本人(しかもどちらかというと文法には自信ありという)の痛いところをビシバシ突いてくる問題が次々出て、相当分析している様子が窺えた。しかもさんざん迷う問題をやらせておいて「答えは授業の中で」。うまいことやってやがんなーという説明会だった。
 もう一人の説明会参加者が実際の生徒と一緒に授業に参加できるトライアルをさせてくださいと食い下がっていたが、トライアルの生徒はせっかくの機会だからと最大限利用しようとするので、授業料を払っている生徒と同列に扱えないとつっぱねていたのもかえって好感だった。

(オンラインで受けられる文法のテストが学校のサイトにあるので、やってみたい方はお問い合わせください。これから書く内容上、リンクは貼れません…)

 この学校に行くかどうかはまだ検討中なのでさておき。

 説明会終了後、もう一人の参加者の日本人の方と、せっかくだからお茶でもということになってその学校の感想やほかの学校の情報なんかを話した。大学で研究員をされているとかで当然トロント滞在もわたしよりずっと長く、いろいろためになる話を聞くことができた。
 ただちょっとうーんと思ったのは、その学校を評している際に繰り返し出た言葉。

 「ほんもの」「ほんとう」

 説明してくれた先生はいわゆるアジア系・おそらくチャイニーズ移民3世か4世だった。わたしは特に気になることはなかったし、聞き取りづらいこともまったくなかったが、確かにshの発音にほんの少し、癖があった。「もし大学の先生だったら学生の物真似のネタにされる程度」の個人差に聞こえたが、彼女はそれが気になったらしい。それを指摘して曰く、「あれはほんとうの英語じゃないから」「やっぱりイギリス・アメリカ・カナダルーツのほんものの英語を学ばないと」。

 もしかしたらバイリンガルかもしれないが、あの先生も間違いなく「Native English Speaker」だ(カナダのような激戦区で学習して習得した英語を学校で教えることなど不可能だ)。多くのノンネイティヴを指導してきたであろう彼はトロントで英語を話すありとあらゆる人と英語でコミュニケーションできるはずだ。それが「英語」でなくて、「ことば」でなくて、なんだというのだろう。

 トロントのような、ありとあらゆることばが集まってぐじゃぐじゃに放り込まれている場所に暮らしながらなお、得体のしれない幻の真正性をもとめてしまうことに、違和感がぬぐえなかった。

 名刺を渡して別れた。彼女はあの学校にはまず入らないだろう。広いトロントで、また会うことはあるだろうか。
 思い出していたらいやになってきた。上向きのはずが…。
 はっきりと違和感があったのに、「ほんものの英語ってどんなんですか?何が条件なんですか?」と聞き返せず、あーそうかもしれないですねーとか適当に返してしまった自己嫌悪で胸が焼ける。U of Tの助手がなんぼのもんだよー。すぐ言い返さんかそこでー。人類学者のはしくれやろー、こらー。
 思い出していたらいやになってきた。上向きのはずが…。
 はっきりと違和感があったのに、「ほんものの英語ってどんなんですか?何が条件なんですか?」と聞き返せず、あーそうかもしれないですねーとか適当に返してしまった自己嫌悪で胸が焼ける。U of Tの助手がなんぼのもんだよー。すぐ言い返さんかそこでー。人類学者のはしくれやろー、こらー。

コメント

言葉

その方にとっては本物を習っている、っていう思いが
学習意欲に結びつくのかしら・・・!?

学生の頃、オーストラリアでホームステイをした際に、
友達がオーストラリア英語は分りにくいと怒っていましたが、
私にはさっぱり違いが分りませんでした。
日本の方言程度の違いなのでしょうか!?

私はできることなら日本語と英語両方できて、
日本人の特徴をよく分った上でしっかり解説してくれる先生に
習いたいです。

2009.04.24 | URL | celery #no8j9Kzg [ 編集 ]

 冷静になって考えれば、その方が日常的に接しているひとたちに違和感なく通じること=ほんもの、という認識なのかもしれません…。

 無理矢理一方言を格上げして作られた日本語の「標準語」のようなものは英語にはないとわたしは認識しているのですが、気にしているひとが思っていたより多いようで驚いています。相手に自分の意思をちゃんと伝えることができさえすれば、そのひとのもつ言葉は尊重されるべきだと思うのですが…(アラビア語話者の「びーぼるる(people)」や韓国語話者の「ふぉーいぐじゃんぽー(for example)」を初めて聞いたときは驚きましたが(笑))
 どうしてその差異は安易に優劣に読みかえられてしまうのでしょうねX(

 

2009.04.24 | URL | fumico #YgUVdW1s [ 編集 ]

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