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うぇっぶ 2009.06.01

 ブログという方法でものを書き始めてからずっと考えていることなのだけれど、WEBというもの、インターネットという発信の方法は実は人間の思考のありようにすごく合致しているんじゃないだろうか。

 とある方が「ネットの情報は根本的に信用していない」とおっしゃっていて(でもこのブログはご覧くださっているみたいで、ありがとうございます)、その感覚も非常によくわかる。だってもう、ほんとうに、いい加減なのだから。

 やめておけばいいのにと自分でも思いつつ、ついmixiニュースのリンクなぞみてしまうことがある。たいていうげーっとなってしまうのだけれど、怖いもの見たさみたいな感覚でいろいろ覗いてみて、ぐったりするという不毛なことをたまにしている。

 何が嫌かって、合コン必勝法とミサイルの話題と殺人事件とミスタードーナツの新商品レビュー、といういくらなんでも雑多にすぎる並びが気持ちわるいし、プロのモノカキにあるまじき誤字脱字や言葉の間違いが多すぎる。そしてお詫びもなくいつの間にか訂正されて、何食わぬ顔で再びアップされているのも信じられない。

 いちばん気持ちわるいのは、そうした「ニュース」(もはや語義を逸脱していると思うのでカッコにご登場願う)にリンクしてユーザーが書く日記。よくもまー無責任にー……いや、読まなければ済む話なのだけれども。

 でもそういったいい加減な「情報」の発信というのは、日常生活を舞台にいつもしていることだ。自分自身を含め、多くのひとが考えて話すことなんて、間違えるし、首尾一貫には程遠いし、ころころと変わるし、いちいちそんな変化に責任などもたないのが、ふつうだ。わたしは日ごろ些細なことをねちねちと覚えているたちなので、これまた不毛と自覚しつつ、「あのときこう言ってたやん!!」と昔の発言をほじくり返すことがわりによくある。

 そういった思考とその発信のありさまが「ふつう」だとしたら、従来の、ウェブ以前の(もはや「以外の」と言ったほうがよい?)メディアの姿勢というのは、人間の営みとしてすごく不自然なのかもしれない。

 以前とある書籍の編集の末端に携わったおり、印刷に漕ぎつけるまでの道程の長さに驚いた。何十人がのべ何百回も目を通し、推敲に校正を重ねて重ねて、ようやく発行。それでも万一間違いがあればお詫びと訂正を慌てて刷る。本当に大変だ。それほどまででないにしても、紙媒体のものはある程度「ちゃんとしたものを出さなくては」という意識があってつくられているような気がする。

 どうしたわけか、そんなある意味人間として不自然な意識でもって、しちめんどくさい機構を作り上げてきたからこそ、メディアというものは実体もないのに強大な権力を持ちえたのじゃないだろうか。

メディアの権力性 (ジャーナリズムの条件 3)メディアの権力性 (ジャーナリズムの条件 3)
(2005/04)
佐野 真一

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 mixiニュースを眺める限り、しちめんどくさい仕組みから自由になった「メディア」も同じ権力を保持しているかのようにふるまっていて、なんとも滑稽だ。虎の威を借るってやつじゃないのかなぁ、これは。


 ごくごく個人的な理由で敬遠しているオルテガ。そろそろ読みどき?

大衆の反逆 (中公クラシックス)大衆の反逆 (中公クラシックス)
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オルテガ

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