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断片化の誘惑 2009.05.18

(わかりたい、という欲望を普遍的なものとする前提のもとで。)


 考えていることをもう少し書いてみようかなと思ったりやめておこうと思ってみたり、逡巡を繰り返しているエントリがいくつもある。前々回のように詩の断片をひょいっと引用したりすると、必ずと言っていいほどそこでやめておきたくなる。なんといっても楽だし、かっこよく見える?からだ。

 "かっこよく"はなくても、断片的なことばで表現することで逆に、より"わかっている"かのように錯覚してしまうことってないだろうか。わたしに限っての話かもしれないけれど、ことばを尽くしてより細かく描き出しているはずなのに、かえってわからなくなってくるということがよくある。

 「知らないひとばかりで街ができてるんじゃなくて、知らないひとばかりでできてるものが街なんだよね…ふっ」(前々エントリ参照)とか言っておわりにしてしまいたい。あとから読むと自分の書いていることに酔っている感じがしてきもちわるいに決まっているのだけれど。

 説明的な文章をぐずぐず羅列するよりも、キャッチーな金言風のひとことを引用することで、より"わかっちゃってる感じ"が醸せるような気がしてしまう。この誘惑はなんとも抗いがたい。しかしそれは論文や学術書には許されない所業だ。

 では、詩人や小説家と比較したときの学者の仕事は、断片化したくなる欲望や抽象的な議論の魅力に打ち勝って、無謀な試みとわかっていながら、なおくどくどと微に入り細に入り、余白を埋め遊びをなくし、誤解や曲解の可能性をひとつひとつ潰し、余すところなく書き尽くすことなんだろうか。そう考えるとなんとも無粋で、不毛だ。

 かっこいいフレーズをひとことばーんと出して、書いたほうも読むほうも気持ちよくわかったつもりになってしまえばいいではないか。なんでわざわざ労をとり書き尽くす道を行くのか。実際その困難にくじけている文章というのも目にすることがある。長々と書かれた本文よりも、章のあたまに引用された詩や小説の一節のほうがずっとおもしろいし、読んで得るところあるというような…



ローレンツのこの本には全章にわたって章のはじめにゲーテが引用されている。
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 ときどきゲーテがローレンツの話を聞いて書いたんじゃないかと思うくらい、内容がシンクロしているところがあって驚く。それでもその引用を単なるとっかかりとして読者に提示して、その引用でもって言わんとするところをこと細かに書くのは、やはりローレンツが自ら目にしてきた事例なり、実験で得たデータからの驚きを落としたくないからではないだろうか。まぁゲーテもこう言ってるけど、そんなところでわかったつもりにならないでもうちょっと書かせてよ言わせてよ、とぐいぐい迫りたくなる魅力が書こうとする対象にあるかどうかが鍵なのだろうか。自分がわかっていることのすべてを完全に読み手にわからせるまであきらめない、みたいな気迫でもって文章を書かしめる対象の存在如何なんだろうか。

 さらにそれが読み手にとってもうちょっと読ませてよ、聞かせてよという具合に受け取ってもらえるとほんとにしあわせな話なのだけれど、それはまた難しいのだろうな。


 ローレンツの本はその難しいことを楽しくやってしまっているしあわせな、稀少な例だ。あー、もう、おもしろいっ。

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 断片化なんてもったいないくらい、ぐいぐいがしがし書きたくなるものとの出会いを、せつに望む。

コメント

たしかに面白くないもの多いよなー。あまり読んだことはないけど。
難しいテーマだねー。
学術的な話はよくわからないけど、広く、表現と言葉(説明?)ってことを考えると。
誰かが「写真だけですべてが伝わるっていうのは写真家の幻想だよ」って言っていて、でも力強い写真ってあるし、でも作者の語りがまだ見ぬ写真の深み?みたいなものに気付かせてくれることは多いから。バランス?^^;

2009.05.19 | URL | 石田 #- [ 編集 ]

芸術家には断片化する自由があるからいいなぁと思ってまうー。伝えないのも自由。
極端に言えば「伝わらなかったらそれでいいです」っていう自由もあるし、それすら表現の一部として選択可能やん。
ガクモンたろうとすると、「わからなかったらそれでも…」みたいなのは愚であり甘えやからなぁ。
ろくろく伝える技術もないのに、何を自分に酔っちゃってんの?てなると思う…

芸術なら断片化することでかえってうまいこと伝えちゃう例もあるよね。イチハラヒロコとか。
語りもなにもかも含めて全身で芸術、みたいなことができちゃうのもうらやましい。横尾忠則とか梅佳代とか(笑)
作者の語りと言えば高木正勝氏の朴訥とした語りと演奏とのギャップはなんともすき(^^)

ガクモンもゲイジュツみたいにきもちよくなれないのかぁー

2009.05.19 | URL | fumico #3jISyIMY [ 編集 ]

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